【対談】汐見稔幸先生×中能孝則先生(前編):不便さがある離島は、かえっておもしろい。

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「離島の人は、台風で船が来なくなっても、1週間くらいはやりくりができたりしますが、Googleでもそういう能力を持っている人が良い仕事をしていたわけです」(汐見稔幸先生)

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※この記事は『季刊ritokei』44号(2023年11月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

社会で求められる暮らし方「非認知的能力」とは?

人間が育つ場としての島の可能性を論じる前に、汐見先生はまず社会で求められる「能力」について口火をきった。

「Googleがどういう能力を持った人が良い仕事をしているかを独自に調査したところ、地位や給料の高い優秀な人が持っていた能力は、学力ではありませんでした。人工知能をつくれるような理科系知識よりも、チーム力やリーダーシップ力、人を励ますのが上手いとか、上手に失敗する力など、学力では身につかないスキルだったのです」。

こうした能力は「非認知的能力」とも呼ばれ、学校教育で習得できる「認知能力」とは反対に、学校で身につけることができない能力としても知られている。

非認知的能力はもともと、「人間が社会を営むための能力は学力なのだろうか?」という問いをもとに、1960年代から米国で行われてきた研究で明らかにされた能力だ。

その実験では、3〜4歳の子どもたちを対象に、子どもたちの能動性を重視した丁寧な保育を行ったグループと、そうでないグループを長期間に渡り比較。その結果、学力の差は生まれなかったが、子どもたちが40歳になった頃、月給や持ち家、生活保護非受給などで差がついた。

トカラ列島・宝島で暮らす子どもたち。大自然の中で多様な学びを得ている(提供・本名一竹)

能動性を重視した保育を受けた子どもたちは、自ら工夫して遊ぶ体験や、もっとおもしろくしようとする挑戦、できないときに相談する、簡単にあきらめないという経験を積んでいた。そうした力が、社会に出た時に誠実に生きる能力として発揮されたのだ。

この能力を汐見先生は「暮らし力」とも表現する。

「昔の人はクーラーも冷蔵庫もない生活をしていました。ないからこそ工夫する。クリエイティビティを発揮し、人に頼り、人と協力する。自然にさからわず、自然を上手に利用しながら、自然に感謝をし、自然からいろんなものもいただく。そして生活をやりくりできる力を身に付けていたのです。離島の人は、台風で船が来なくなっても、1週間くらいはやりくりができたりしますが、Googleでもそういう能力を持っている人が良い仕事をしていたわけです」。

不便だからこそ得られた知恵や工夫の経験

1950年代、産業の発達に伴う都市化により、子どもたちと自然との関わりが不足したデンマークでは、自然のなかで保育を行う「森のようちえん」が生まれ、国中に広がっていった。

1974年から東京のひの社会教育センターで野外活動や自然学校の企画運営に携わってきた中能先生は、デンマークの保育環境に衝撃を受け、日本の子どもたちに自然体験を提供する「森のようちえん&冒険学校」も展開してきた。

ドイツの研究では、森のようちえんに通う園児と一般幼稚園児を比較すると、前者の方が高いコミュニケーション能力を持っていたという結果も出ている。そんな森のようちえんを推進する中能先生の原点には、15歳まで過ごした甑島での記憶があるという。

60年前の甑島の風景。家族総出で甘草海藻を採りに出かけ、子どもたちは海遊びを楽しんだ(提供・中能孝則)

「子どもの頃は、自然の中で大好きな兄ちゃんと遊びほうけていました。かごとナイフを持って山芋を掘りに行ったり、竹を切って蝋で油抜きをし歪みを直しながら魚釣りの竿をつくったり。兄ちゃんは竹を切るのに『そのノコじゃ切らん方がいい。目の小さいノコがいい』と教えてくれ、ナイフの研ぎ方も教えてくれました。リールの付いた竿はあこがれでしたが、自分でつくった竿は何年も大事にとっていて、自分の誇りになりましたね」(中能先生)

刃物を扱うなかでは少々の切り傷も生まれるが、きちんと手入れされた道具を使うことがリスクマネジメントになることも、遊びの場で学んできた。

「山で採ってきた山芋を見て母は『おかずが一品増えたね』と喜んでくれました。遊びのなかで得たもので家族が喜んでくれるし、自分も家族の一員だと感じられて誇らしかったですね」。

当時、昼間は電気も通っていなかった甑島の暮らしはお世辞にも「便利」とは言えなかったが、そんな暮らしこそが非認知的能力を高めるのだと汐見先生は言う。

「不便な環境で、頭を使いながら暮らしを豊かにするための方法を努力して身につける。昔の人はそうやって自然と非認知的能力を養うことができていたのです。けれど今の生活は消費生活になってしまい、暮らしの中では非認知的能力が身につかなくなってきました。今、世界中の学校現場で非認知的能力の育成に向けた教育改革が進められていますが、受け身の勉強では本当の力は育ちません。まだまだ不便さがある離島は、かえっておもしろい。工夫して、おもしろがりながら子どもたちがいろいろな力を見つける場になりうるのです」(汐見先生)

>>「【対談】汐見稔幸先生×中能孝則先生(後編):大人に必要なものは、見守る力。」につづく

お話を伺った方

汐見稔幸(しおみ・としゆき)
(一社)家族・保育デザイン研究所代表理事。東京大学名誉教授・白梅学園大学名誉学長・全国保育士養成協議会会長。日本保育学会理事(前会長)。専門は教育学、教育人間学、保育学、育児学。自身も3人の子どもの育児を経験。保育者による本音の交流雑誌『エデュカーレ』編集長でもある。持続可能性をキーワードとする保育者のための学びの場「ぐうたら村」村長。NHKEテレ「すくすく子育て」など出演中。

中能孝則(なかよく・たかのり)
鹿児島県薩摩川内市生まれ。15歳まで甑島で過ごす。1974年、(公財)社会教育協会日野社会教育センターに勤務。元館長。2009年より「森のようちえん&冒険学校」を立ち上げ、企画・運営に携わる。NPO法人森のようちえん全国ネットワーク連盟監事。

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